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連載第3回 1994年 東北ダービー

混戦を制した絶妙なタイミング
ブラッククロス


 
3頭タイム差なしの激戦を制したブラッククロス(右)
これぞまさに「名勝負」と呼べる一戦だった

(映像ファイルサイズ:14MB)

 1994年、東北地区(岩手、山形、新潟)の4歳(現在の表記は3歳)戦線は、例年になく混沌とした状態で春の開幕を迎えていた。前年の東北サラブレッド3歳チャンピオンを圧倒的な強さで制した新潟のサンシャインホースが、その一戦を最後に中央競馬に移籍。断然の主役を失ってしまったのだ。だが、それでも名勝負は生まれるのだということを、筆者は、この年の東北ダービーで思い知らされるのである。
 持ち回りで行われていた東北地区のサラブレッド4歳ナンバーワン決定戦は、岩手の水沢競馬場と山形の上山競馬場では東北優駿、新潟競馬場では東北ダービーの名称で開催されていた。この年は、その名称からも分かるように新潟競馬場での開催。だが、サンシャインホースが抜けた地元の新潟だけでなく、各県とも中心馬が確立しない混戦ムードだった。当時、在京スポーツ紙で競馬面の編集補助をしていた筆者は、休みを利用して各地の地方競馬を観戦していたが、サンシャインホースのいない東北ダービーに興味を失い、早々と観戦計画から外していた。ところが、なんの因果か東北ダービーの当日に休みのローテーションが回ってきた。あいにくの空模様が筆者の腰をさらに重くしていたが、自宅にいながら全国各地の映像を見られるような時代ではない。どうせ外に出るのなら、近くの場外も新潟競馬場も同じとばかりに、上越新幹線に飛び乗った。
 入場門をくぐると、すでにこちらに向かってくる人もいる。中央競馬の前売りを買い終えた人たちなのだろう。やがてパドックに東北ダービーの出走馬が現れても、その脇を次々に人が通り過ぎていく。中央競馬のメインレースが終わったようだ。これが新潟の現実か。それもそうかもしれない。中央競馬に移籍したサンシャインホースは、芝が合わなかったのか苦戦続き。このパドックにいるのは、そのサンシャインホースに歯が立たなかったメンバーだ。自分だって、ほんの数時間前までは見にくるつもりもなかったのだから……。だとしても、目の前のパドックを周回しているのは、曲がりなりにも東北のサラブレッド4歳ナンバーワンの座を争う10頭である。パドックに目もくれないで帰る人たちを見て、筆者は同類になりかけた自分を恥じていた。
 1番人気に推されたのは新潟のアタゴガンバ。新潟ジュニアカップでサンシャインホースの4着に敗れているが、前走の新潟ダービーで同距離の1800mを快勝したことが評価されたのだろう。その新潟ダービーで2着に敗れるまでデビューから5連勝した新潟のシービーニッケルが2番人気。そう、全馬がサンシャインホースの後塵を拝していたわけではないのだ。3番人気に推された上山のスーパーファルドも同じ。デビューから6戦5勝2着1回で、水沢競馬場の東北サラブレッド3歳チャンピオンには駒を進めていない、未知の魅力があった。水沢のブラッククロスが4番人気。東北サラブレッド3歳チャンピオンは5着で、9戦して3勝がいずれも左回りの盛岡競馬場。当時は右回りだった新潟競馬場に不安を残していたが、前々走で1750mの特別を勝っていた。3連覇を狙う岩手から単騎の参戦というのも人気を後押ししたのかもしれない。これに東北サラブレッド3歳チャンピオンで2着した新潟のアフロディアが5番人気で続いた。
 サンシャインホースを知らない上がり馬のシービーニッケルとスーパーファルドは、できれば逃げたい。距離が延びて頭角を現してきたアタゴガンバとブラッククロスは、後ろから行く。レースは、シービーニッケルを制して逃げたスーパーファルドが逃げ込もうとするところに、追い込んだアタゴガンバとブラッククロスが襲いかかるという展開。最後は、各県の代表が大接戦のままゴールするという、この年の混戦を象徴するかのような競馬になった。それぞれの持ち味を発揮した各県の最上位人気馬3頭が、断然の主役を失ったことを忘れるほどの熱戦を演じ、第3コーナーから直線にかけての攻防には、カメラのファインダー越しに見ていた筆者も、ただただ声をからして叫ぶのみ。結果、その熱戦を演出したのは、外から差し切ったブラッククロスの菅原勲騎手だった。これは、ブラッククロスの絶妙な動き出しのタイミングが生んだ、「菅原勲の名勝負」ともいえるだろう。競馬は馬だけが主役ではないということも再認識できた一戦だった。
 振り返ってみれば、馬に主役級の力がなかったのかというと、そうでもない。この後、ブラッククロスがダービーグランプリを制し、スーパーファルドが中央競馬に移籍して2勝。上位3頭のうち2頭が、東北地区に限らない活躍をしているのだ。さらに、しんがり負けを喫したスズランリードが北日本オークスを制し、南関東に移籍したアクアライデンが牡馬を相手にダイオライト記念を制するなど、下位に敗れた牝馬からも活躍馬が出た。あの日、主役不在と天気に負けて無駄な休日を過ごしていたら……。筆者にとって、この東北ダービーは、競馬の奥深さを教えてくれた心の名勝負でもある。

文●牛山基康(ケイシュウニュース)
写真●いちかんぽ
音声●耳目社
映像●プラスミック(現・山口シネマ)

第17回 東北ダービー 平成6年(1994年)6月19日
  サラ系4歳オープン 1着賞金900万円 新潟1,800m 雨・稍重 
着順
枠番
馬番
馬名
所属
重量
騎手
タイム・着差
人気
1 7 8 ブラッククロス 岩手 54 菅原 勲 1.55.8 4
2 5 5 アタゴガンバ 新潟 54 津野 総夫 アタマ 1
3 4 4 スーパーファルド 上山 54 荒木 孝良 ハナ 3
4 2 2 シービーニッケル 新潟 54 向山 牧 7 2
5 3 3 アフロディア 新潟 53 森川 一二三 3/4 5
6 7 7 スノーストーム 新潟 54 鈴木 春雄 2 6
7 1 1 アクアライデン 新潟 53 山田 信大 アタマ 9
8 8 9 シルバージェム 新潟 54 大枝 幹也 2 7
9 8 10 バンダムショット 新潟 54 五十嵐 剛昭 1 1/2 8
10 6 6 スズランリード 上山 53 中鉢 利弘 3 10
払戻金 単勝650円 複勝160円・100円・180円 枠連複600円
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