トップページレースハイライト特集クローズアップ連載サイトマップ


連載第1回 1993年 東京ダービー

大舞台でライバルを完封した鞍上の秘策
プレザント


 
2着に4馬身差をつける鮮やかな逃走劇でダービー制覇

(映像ファイルサイズ:22MB)

 「ダービーには“魔物”が潜む」とは、昔からよく言われる競馬の“格言”のひとつだが、若かりし筆者が痛烈なまでにその言葉を思い知ることになったのが、平成5年の東京ダービーだった。
 この年は1頭の快速馬が南関東のクラシック戦線を席巻していた。その名もブルーファミリー。エース的場文男騎手を背にデビューから負けなしの7連勝。クラシック登竜門の青雲賞、京浜盃、黒潮盃を制し、1冠目の羽田盃では5馬身差の圧勝劇を演じていた同馬に、ファンも当然のことながら単勝1.1倍という圧倒的な支持を与えた。よもやそこに落とし穴が待っていようとは……。
 当時、南関東には“外枠希望”という制度があった。本来は不利である(特に大井では)外枠を、あえて希望する馬には優先的に与えるというものであるが、ゲートに不安があった同馬は、必ず最後に枠入りとなる大外枠をデビュー時から一貫して希望していた。
 大井2400mは、スタートしてすぐに3コーナーを迎える極めて特殊な設定で、最も外枠が不利なコースと言われている。それでも抜群のダッシュ力で、デビューから全てハナを取りきっていた同馬なら、問題はあるまい。そんな思いが、陣営にもファンにもあった
 そんな“空気”を逆手にとって、密かに秘策を練っていたのが、プレザントに騎乗する桑島孝春騎手だった。同馬はこれまで、黒潮盃2着、羽田盃3着とブルーファミリーの後塵を拝してきた。何とか逆転できる方法がないものか。考え抜いた末に導き出したのが“逃げ”という答えだった。これまで道中2番手が定位置だった同馬にとって、実はハナという選択肢は決して突拍子もないものではない。ただ、これまではあまりにも“あの馬”が速すぎたのだ。しかし、今回は大井2400mという特殊な舞台。そして相手は決定的に不利な大外枠である。確かに危険な賭けではあった。もしブルーファミリーが競りかけてくれば、共倒れになる危険すらある。しかし……。
 レースはまさに桑島騎手の思惑通り、いやそれ以上に理想的な流れで進んだ。絶好の2番枠からダッシュ良くハナを奪ったプレザントは、道中もペースを落とすことなくグングンと他馬を引き離す。注目のブルーファミリーは、やはり大外枠が響いてか、いつものダッシュ力が見られず、さすがの的場騎手もあきらめ、離れた2番手から。そのままの隊形で4コーナーへ。しかし、これまで逃げの競馬しか経験していなかったブルーファミリーは、いざ追い出してもなかなか前に進まない。代わって石崎隆之騎手のサトノライデン、そしてまったくノーマークだった1頭の馬が追い込んできたが……。
 結局プレザントは4馬身差の圧勝だった。名手桑島騎手にとっては、これが悲願のダービー初制覇。同じく初制覇を狙った的場騎手とは、はっきりと明暗が分かれる結果となった。
 余談だが、サトノライデンと共に追い込んできたもう1頭の馬はタイコウストーム。単勝11番人気の伏兵だった。そして、この馬こそが、筆者を含む数多くのファンを絶体絶命のピンチから救ってくれた救世主だったのだ。同馬の馬番は13番。勘のいい読者ならもうお気づきだろう。そう、問題は馬番ではなく枠番の方で、ブルーファミリーと同じ8枠だったのだ。当時連勝馬券はまだ、3連単はおろか、馬番連複すら発売されておらず、あったのは枠番連複のみ。つまり、馬番も1、2着の順番も関係なかった。必殺の代用馬券。当時、なけなしの有り金を8枠からの2点買いで勝負していた筆者にとっては、まさにとてつもなく大きな3着との“ハナ”差だった。
 その後のプレザントは波乱万丈の馬生を送ることになる。同年、東京湾カップ、そして翌々年、関東盃と重賞を2勝したが、結局GT級のタイトルは得られぬまま96年に岩手競馬へ移籍。しかし、岩手から勇躍凱旋して臨んだ交流重賞の東京盃で、11番人気ながら2着と気を吐き、ダービー馬ここにありを強烈にアピールして見せた。通算30戦8勝、うち重賞4勝の成績を残し97年に引退。故郷のビラトリファームで種牡馬となり、平和賞、ブルーバードカップともに2着のブラックドンカルロや、ローレル賞2着のテラノパスポートらを送り出し、2006年、その生涯を静かに終えている。

文●稲井努(日刊競馬)
写真●いちかんぽ
音声●耳目社
映像●プラスミック
(協力:特別区競馬組合)

第39回 東京ダービー 平成5年(1993年)6月4日
  サラ系4歳オープン 1着賞金6800万円 大井2,400m 曇・良 
着順
枠番
馬番
馬名
重量
騎手
タイム・着差
人気
1 2 2 プレザント 56 桑島 孝春 2.36.0 3
2 8 13 タイコウストーム 56 朝倉 実 4 11
3 4 5 サトノライデン 56 石崎 隆之 ハナ 2
4 7 12 サンライフ 56 高橋 三郎 1 1/2 6
5 8 14 ブルーファミリー 56 的場 文男 アタマ 1
6 5 8 トウケイアクター 56 佐藤 正晃 2 1/2 7
7 4 6 エステージェット 56 山口 勲 1 1/2 14
8 3 3 カネショウホープ 56 早田 秀治 1 1/2 9
9 3 4 オールチャンピオン 56 内田 博幸 1 8
10 5 7 カシワズペガサス 56 岩城 方元 2 1/2 5
11 7 11 アカマル 56 鈴木 啓之 2 12
12 6 10 サクラタスティック 56 荒山 勝徳 3/4 10
13 6 9 ケンタオアフ 56 田部 和廣 1 4
14 1 1 スーパーランドル 56 郷間 隆 クビ 13
払戻金 単勝950円 複勝250円・1,330円・240円 枠連複260円
バックナンバーメニュータイトル

01
02
03
04