当コーナーでは、地方競馬に関するイベントや注目レース等の気になる話題を写真と共にご紹介します。

福山競馬場、最後の日

2013年03月27日
取材・文●井上オークス
写真●桂伸也(いちかんぽ)、NAR

 第6回ファイナルグランプリ。枠入りがなかなか終わらない。最後の福山大賞典馬・グラスヴィクターが、枠入りを渋っている。
 ずっと渋ってくれてもいい。このまま時間が止まればいいのに――。

 2013年3月24日。とうとうこの日が来てしまった。福山競馬場、最後の日。ローゼンホーマをはじめ、数多の名馬を送りだしてきたアラブ王国が、中国地方で唯一の競馬場が、63年の歴史に幕を下ろす日。
 JR福山駅から出ている無料送迎バスは満員で、路線バスに乗って競馬場にたどり着いた。1Rが始まる前から、大勢のお客でごったがえしている。
「福山特報」「福山エース」「HORSE NEWS キンキ」
 3つ並んだ競馬新聞の売店に、人だかりができている。
「いままでありがとう」「寂しゅうなるなあ」
 売り子のおばさんと常連さんが、別れを惜しんでいる。初めて福山競馬場に足を運んだ6年前を思い出す。「福山特報」を300円にまけてもらったこと。おじさんに「新聞見せてくんさい」と言われて面食らったこと。とびきり元気なおじいさんが、複勝馬券の的中を喜びながら、「あんまり突っ込むと、オッズが下がるけえの」と言って、にこにこ笑っていたこと。
 福山には、正しい馬券オヤジ/馬券オバサンがうじゃうじゃいる。パドックで見知らぬオヤジと交わす会話も、ときおり顔を覗かせる鉄火場の雰囲気も、本当に楽しかった。正しい馬券オヤジ達は、どんな気持ちで、20年、30年と愛してきた競馬場を看取ろうとしているのだろう。
 焼きそばがべらぼうに旨い「山本ショウテン」に、長蛇の列ができている。ホルモン焼きそばやホルモン天ぷらが人気の「多幸」もしかりで、看板おねえさんの洋子ママが、てんてこまいで接客している。尾道ラーメンを提供するスタンド2階「ホースショップ」にも、行列ができている。
 最後の日は、どこも大入りだ。お気に入りの食堂でゆっくり食事できないことはわかっているので、今年に入ってから、何度も焼きそばや尾道ラーメンを食べておいた。廃止慣れしてしまった自分を嫌悪しながら、レースを眺める。
 豊かな緑に囲まれた福山競馬場。1周1000m、日本一の小回りコースは最高に見晴らしがよくて、レース中の出来事が、手に取るようにわかる。今にも砂しぶきが飛んできそうなほど、馬場とスタンドの距離が恐ろしく近い。鞭の音も騎手の掛け声も、はっきりと聞こえる。はとばしる臨場感。熱い攻防に、大歓声が上がる。レースが終わる度に、勝った騎手も負けた騎手もスタンド前にやってきて、ファンに惜別のウイニングランを贈った。
「ほんまに終わるんかのう」
「また来週も、普通に競馬場に来てしまいそうじゃのう」

 検量室前に足を運ぶと、兵庫の山崎雅由騎手が、厩舎関係者や従事員のおばさんの写真を何枚も撮りまくっている。福山出身の山崎騎手。昨年は福山競馬場で武者修行に励んだ。何人もの若者が、ここで腕を磨いた。
 前日の23日には、浦和の水野貴史騎手が来場し、レースに騎乗した。「招待競走で福山に来た時に、本当によくしてもらったから」と、自ら志願してスポット騎乗を申し出たのだという。福山の人達の優しさ、あたたかさを物語るエピソードだ。

 場内をぶらぶらしていると、去年の秋、大阪の地下鉄で声をかけてくれた福山生まれのおじさんに会えた。
「正月は福山大賞典を見に行くんよ。1周1000mのコースで2600mを走るけえ、コーナーを10回もまわる。ほんまに見応えがあるけえ、ぜひ、大賞典を見に来て!」
 そう言われて、「絶対、見に行きます!」と約束したのに、果たせなかったことを申しわけなく思う。でも、会えてよかった。
 甥っ子さんと私のお見合いをたくらんで、顔を合わせる度に写真を撮ってくれたおじさんにも会えた。
「福山エース」編集長の樋本デスクにも会えた。「最後の日は来たくなかったけど、みんなに説得されて……」と言って、寂しくほほ笑む樋本デスク。樋本デスクが繰り出すファンキーな文章(樋本節)も、「樋口さん」などと名前を間違えられても「樋本です」と正したりせず、にこにこ笑っているおおらかさも、福山競馬の魅力のひとつだった。樋本デスクがこしらえた高知の別府真衣騎手の愛称は、「南国土佐の妖精」。これからも使わせていただきます。

 あっという間に時間が過ぎた。
 西田茂弘アナウンサーが、最後のレース――ファイナルグランプリの本馬場入場をアナウンスする。
「福山の一時代を築いたあの強さ、あの速さをもう一度。ファン投票1位に支持してくれたファンのために。7番クラマテング、500キロちょうど、増減なし。嬉勝則騎手、56キロ」
 シゲちゃんはスタンド4階の実況席から、多くの人馬に優しくスポットライトを当ててきた。シゲちゃんはこう言って、最後の本馬場入場を締めくくった。
「いくつものドラマと夢が詰まったこの馬場で繰り広げられる、最後のレースです。みなさんの目に、そして脳裏に焼き付けてください。そして福山競馬、絶対に忘れないでください」

 枠入りを渋ったグラスヴィクターだが、佐原秀泰騎手に促されて、ゲートに収まった。
 ファイナルグランプリのゲートが開いた。
 最後のレースを走る10頭と、10人の鞍上の位置取りを、中島啓アナウンサーが丁寧に伝える。「最後方は3馬身置かれまして、4番のウーシエンダー山田祥雄騎手」
 ハナを切ったホッカイキコチャン&池田俊樹騎手が、第2コーナーに差し掛かった。そのときだった。
「そしてさらにその後方でありますが、片桐正雪、下村瑠衣、周藤直樹、藤本三郎、松井伸也、渡辺博文。最後のレースを見守る福山のジョッキーたちの姿が、たしかに、たしかに、そこにあります」
 30年に渡って福山競馬を伝えてきた中島さんは、ファイナルグランプリに騎乗のない騎手の想いを、実況に乗せた。
 ゴールまで残り50m。逃げ粘るホッカイキコチャンを、ビーボタンダッシュ&三村展久騎手がかわした。青いゴール板の前で、三村騎手のガッズポーズが炸裂した。大きな大きなガッツポーズだった。
 最後にゴールに入ったのは、ファン投票1位のクラマテング。福山のトップホースとして愛された馬に、スタンドからあたたかい拍手が沸き起こった。
 福山競馬場は、優しさでできている。
 シゲちゃんも、競馬場の職員さんも、誘導馬にサプライズ騎乗した山崎騎手も、福山競馬を心から愛したファンも、目を真っ赤にして泣いている。

 表彰式後に、ファイナルセレモニーが始まった。
 笑みを浮かべて壇上に上がった羽田皓市長に向かって、スタンドのあちこちから、無念の想いが飛んだ。羽田市長の口から、「廃止を招いた経営への反省」や、「みなさんの大切な場所を奪って申しわけない」といった言葉は出なかった。

 セレモニーの終わりに、福山のジョッキーが、ひとりずつ挨拶をした。
「今まで本当に、ありがとうございました!」
「これからもずっと、競馬を好きでいてください」
 涙が込み上げて、言葉に詰まる騎手。新天地での活躍を誓う騎手。どの騎手の言葉にも、感謝の気持ちがあふれていた。すべての騎手に、あたたかい拍手が贈られた。

池田敏樹騎手…笠松競馬に移籍
嬉勝則騎手…韓国の釜山競馬場で騎乗予定
岡崎準騎手…引退
片桐正雪騎手…高知競馬に移籍
黒川知弘騎手…引退
佐原秀泰騎手…川崎競馬に移籍
下村瑠衣騎手…高知競馬に移籍
周藤直樹騎手…引退
楢崎功祐騎手…大井競馬に移籍
野田誠騎手…引退
藤本三郎騎手…引退
松井伸也騎手…ホッカイドウ競馬に移籍
三村展久騎手…大井競馬に移籍
山田祥雄騎手…名古屋競馬に移籍
渡辺博文騎手…佐賀競馬に移籍

 藤本騎手は騎乗する度に鞭をスタンドに投げ入れて、仲間から「ステッキ、何本持っとるんじゃ!?」と突っ込まれていた。『サブちゃん』の愛称で親しまれたベテランは、ラスト騎乗となった第10レース、ビーンケードという馬で4着に入ったことを喜んでいた。
「厩務員さんが、『初めて稼いでくれた!』と喜んでくれてね。8000円じゃけど、福山に来て、初めて賞金を稼いだんですよ。あの馬は佐賀に行くので、頑張ってくれりゃあええなあ。僕は茨城のミッドウェイファームというところで働きます。馬が好きだし、勝負が好きなので、どうせなら最後までやっちゃろうと(笑)。今も馬を育てるのが好きだから、やることはあんまり変わらないと思います。牧場で、頑張ります!」
 益田から福山に移籍し、福山競馬では最初で最後の3000勝ジョッキーとなった岡崎騎手は、「これから就活です!」と言って笑顔を浮かべた。

 福山競馬場は1万273人の観客に見守られて、63年の歴史に幕を下ろした。
 ここで過ごす時間が好きだった。ここの人たちが好きだった。残念な気持ちが大きすぎて、ちゃんと看取れなかったような気がする。情けない。でも、笑顔で締めくくろうとする福山競馬の人達に触れて、メソメソするのはやめようと思った。福山競馬に感謝を込めて、これからも、これからもっと、競馬を愛していこう。