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高知の妖精―別府真衣騎手 マカオ遠征記

2013年03月13日
取材・文・写真●土屋真光

 3月3日と8日の両日行われたマカオ・タイパ競馬場の開催に、高知競馬の別府真衣騎手(別府真司厩舎)が招待騎手としてスポット参戦した。別府騎手としては短期所属した韓国に続いて2カ国目の海外でのレース参加となった。
 別府騎手のマカオでの騎乗内容などに触れる前に、今回彼女を招待した主催であるマカオジョッキークラブの現状について触れておきたい。
 マカオといえば、直近では昨年、佐賀の石川慎将騎手が参戦したアジアヤングガンズチャレンジを始め、その前身であるアジア見習い騎手招待競走、そして、当地のG1(マカオホンコントロフィー)を勝った内田利雄騎手やG3(マカオスターオブザサンド)を勝った岡部誠騎手などの短期所属での活躍も多く、日本の地方競馬所属騎手とは非常に縁が深い地である。ただ、こういった招待競走や、短期所属を除いての今回のような招待によるスポット参戦というのは、異例中の異例である。マカオは、その土地柄もあって、外国人騎手によって支えられており、そのため、ビッグレースに陣営が騎手を呼び寄せて騎乗を依頼するというケースもあるが、それとはまた事情が異なる。
 実は別府騎手に先立って、このところ同じようなケースで、マレーシア、韓国、トルコなど近隣諸国の若手騎手や、イギリスや韓国、ニュージーランドの女性騎手が、スポット騎乗として招待されている。
 この背景には、2つの大きな理由がある。マカオジョッキークラブの話によれば、1つは慢性的なマカオの騎手不足に起因するもの、そしてもう1つは今年の秋から冬にかけて女性騎手招待競走が計画されているというものだという。
 現在、マカオで2ヶ月以上のライセンスを保有しているのは、わずかに19人という状況だ。ここ数年リーディングを独走していたマヌエウ・ヌーネス騎手も、シーズン半ばながら、世界へのチャンスを求めて新天地シンガポールに移籍してしまった。フルゲート14頭の競馬にこの人数がいかに少ないかは、疑問の余地を持たないだろう。
 そのためマカオジョッキークラブでは、近隣諸国の若手騎手を「お試し」的に招待し、マカオへの短期所属への足がかりとなるきっかけづくりを積極的に行っているのだという。
 そして、もう一つの理由である女性騎手招待競走は「まだ計画中」であるとしながらも、一昨年に行われた、女性アマチュア騎手の招待競走を踏襲する形で開催したいと目論んでいる様子。今回、「女性騎手を招待したい」とオファーをしたのも、この辺りの事情を兼ね合わせてのものだそうだ。

 ところで、今回の別府騎手のマカオ参戦は、イレギュラーの連続だった。当初は2月22日、23日のレースが予定されていたが、同じタイミングでイギリスの女性騎手カースティ・ミルクザレク騎手と日程が重なってしまい、1月後半になって日程が変更。そして、通常マカオは週2回(主に金曜と土曜)の開催であるが、直近の週では2日間開催される週は他の招待騎手が既に決まっているため、日曜日と翌週の金曜日という騎乗日程になった。
調教での様子

 また、招待ではあるが、招待競走ではないため、騎乗馬が保障されているわけではない。主催者から各調教師や馬主に対して要請を行い、出馬登録の際に騎手が決まっていない馬について、さらにプッシュするという手順が取られた。別府騎手の場合は、2日間の開催の間に中4日あり、その間の調教などで自力で騎乗馬を探すということもできたが、「これが2~3ヶ月とか騎乗するなら、実際にレースに騎乗すると決まっていない馬でも調教に乗せてもらうのですが、そうでないので迷惑になってしまうのでは」と、すぐに帰国するということが逆に足かせとなってしまっていた。
 そんなわずかな滞在中でも、別府騎手を高く評価したのが、当地のリーディング調教師であるゲイリー・ムーア調教師(騎手時代にはジャパンカップに来日し、オールアロングでの2着などがある)の子息であり、
黒い帽子の男性がニコラス・ムーア副調教師
アシスタントのニコラス・ムーア副調教師だった。
 「彼女の騎乗フォームは素晴らしい。調教でも、パートナーが暴走しても、こちらの指示通りにきっちり乗ってくれる。マカオでもなかなかいないタイプ」と太鼓判。それがお世辞でないことは、2日目に有力馬の騎乗をオファーしたことからも明らかだった。もちろん、息子の頼みだからといって、父ムーア調教師も簡単にはうなずかない。残念ながら、そのレースにはすでに先約があったため、断らざるを得なかったが、それでも依頼につなげたことはひとつの大きな収穫だった。

 別府騎手の騎乗は1日目に4レース(当初は5レースだったが、1頭出走取消)、2日目に5レースの計9レース。2日目の2レース目までは全て芝コースで、残る3レースはサンド(砂)コースで行われた。
マカオでの初レースは自身初の芝コースだった
 最初の騎乗となった初日の第2レース(芝1100メートル)はFortune Pegasus(中文名:江河順景 セン4 W.T.ライ厩舎)に騎乗。マカオ生え抜きで、これまで5戦して未勝利というキャリアで人気も低い。これが初めての芝コースでの競馬となる別府騎手にとっては、気楽に乗れる騎乗馬は、レースの流れやコースの感触を確かめる上で絶好だ。それでも、レースでは決して手を抜くわけではない。調教師の指示に従ってじわじわと後方から差を詰め、7着ながら3馬身3/4差と、この馬としてはこれまでで最もいいパフォーマンスを見せた。
 「芝には特に違和感はありませんでした。レースの流れは今まで乗ったどことも違うので難しさがありますが、ソウルで初めて乗ったときよりは特に道中も困るようなことはなかったです。馬はハミの取り方が固くて、乗りにくそうな馬も何頭かいました」と、冷静に分析。これが続く第4レースでの好騎乗へと繋がる。
 第4レース(芝1500メートル)ではWindsor Arch(同:名門世家 セン5 A.ガイ/Y.C.チャン厩舎)に騎乗。同馬は昨年のマカオダービー(G1)4着などの成績を残しているほか、この距離でも勝利を挙げていながら、休み明け以降2戦の成績が芳しくないため、単勝オッズで80倍以上という低評価だった。
 2コーナーのシュートからのスタートで、外枠でのスタートはそれだけで不利だったが、「逆にゴチャゴチャした内側に巻き込まれないでよかったです」 と馬場の外めからゆったりと馬群に取り付いた。「3コーナー手前軽く仕掛けたら、グッと行く気になってくれたので、そのまま上がっていきました」
惜しくも2着だった、初日の4レース
 3コーナーで先行勢を射程にとらえると、4コーナーでは外から一気に先頭に踊り出る。さぁ、そのまま! と思ったが、内を突いて伸びた勝ち馬に交わされ、惜しくも2着に敗れてしまった。
「めっちゃ悔しいです!」
 人気を考えれば大健闘の部類だが、掴みかけた勝利がスルリと逃げてしまっては、声を上げて悔しがるのも無理はない。この日は「チャリティデー」と銘打たれて開催されており、このレースのスポンサーは奇しくも別府騎手の騎乗馬のオーナーの会社。レース後はオーナーから「よく頑張ってくれた」と労らわれていたが、それを知ると尚更に悔しさも大きくなっていたようだった。
 続く第5レース(芝1800メートル)では、日本やヨーロッパで活躍し種牡馬となった馬と同名のTaiki Shuttle(同:大樹快車 セン4 W.T.ライ厩舎)に騎乗。「逃げるとどういう流れになるのか知りたかった」(別府騎手)というように、スタートから先手を取り、スローに落とし込むも、直線で失速して9着に敗れる。
 第7レース(芝1100メートル)では、日本産馬で中央や大井でも走ってマカオに移籍したNeocortex(同:超典範 セン7 M.C.タム厩舎)に騎乗するも、見せ場なく9着に終わった。

 2日目はナイター開催で、前半が芝コース、後半がサンドコースを使って行われる。ナイターは高知やソウルで慣れている別府騎手だが、1日目以上に騎乗馬の質に恵まれず、第1レース(芝1500メートル)をBeautiful Pearl(同:靚珍珠 セン3 K.H.リョン厩舎)で9着、第2レース(芝1200メートル)をCourt In New York(同:馬龍星 セン4 W.T.ライ厩舎)で11着、第5レース(砂1350メートル)をRush’n Prince(同:贏得你心 セン5 W.T.ライ厩舎)で9着、第6レース(砂1600メートル)をJylland(同:勁有利 セン7 K.H.リョン厩舎)で7着と、成績も奮わなかった。
この遠征最後のレースは5着だった
 陣営から「この馬はチャンス」と託されたのは、第7レース(砂1350メートル)のLuen Yat Supreme(同:聯一至尊 セン7 P.C.チャイ厩舎)だ。同じ距離で1回使って3着、1300メートルでは9戦して3勝を挙げている。陣営の指示どおりに中団につけ、3~4コーナーでは徐々に前に接近。しかし、直線で外に持ち出して追い上げを図るも、前との差は詰まらず、5馬身差の5着でレースを終えた。皮肉なことに勝ち馬は騎乗依頼を断った馬で、初日の2着とは違った意味で悔しい結果となった。

 2日間で9戦して2着1回が最高成績。残念ながら勝ち星を挙げられずに今回の遠征を終えることになった。騎乗するまではスケジュールの変更によって地元で2週間乗れないなどによる苛立ちもあって、不安も大きかったようだが、いざ1週間滞在してみると、思いのほかリラックスして過ごせたようだ。
通訳として別府騎手をサポートしたテッコ・ワン氏(中央)
 「あの2人がいてくれたおかげで、とても心強かったです」と別府騎手が指すのは、ソウル短期所属時に交流を深めた韓国人騎手のムン・セヨン騎手と、広東語通訳のテッコ・ワンさんだ。ムン騎手からはマカオでの競馬への向き方のアドバイスを受けたり、余暇を過ごしたりした。ワンさんは本業は日本語教師で、競馬は未経験。最初は騎乗に関する意思疎通に難しさを伴っていたが、2日目の騎乗のときには、的確に騎手・調教師双方の言葉を一句も漏らさずにお互いに伝えられるようになっており、なくてはならない存在になっていた。
 「レースも思っていたよりも乗りやすかったです。ただ、やっぱり短い滞在でレースの流れを掴めきれず、思い返せば仕掛けも早かったりした点もあったので、今度はスポットではなく機会があればもう少し腰を据えて乗ってみたいです。また、女性騎手招待競走があるなら、そちらにも是非招待されたいですね」(別府騎手)
 短い滞在ゆえにマカオでやり残したことは多い。しかし、多くの布石を打つこともできたのは間違いない。別府騎手の次の一手が今から楽しみだ。
 
ゲイリー・ムーア調教師と