WSJS 吉原寛人騎手が総合2位に健闘
2011年12月12日
吉原寛人騎手(金沢)総合2位
初日に2連勝も世界のカベを痛感
初日に2連勝も世界のカベを痛感
第25回ワールドスーパージョッキーズシリーズ
12月3日(土)4日(日) JRA阪神競馬場
■地方騎手にとってのWSJS
ワールドスーパージョッキーズシリーズ(WSJS)は、地方競馬の騎手であれば誰もが一度は出場してみたい、夢の舞台であることは今さら言うまでもないだろう。
ただ初期の地方代表には、東西から1年おきに勝利数の多い騎手が選ばれていた。それゆえ東なら南関東のリーディング、西なら東海か兵庫のリーディングと、開催日数の多い地区に所属する騎手が選ばれることがほとんどで、開催日数の少ない地区の騎手にとってはあまり現実味のあるものではなかった。
その後は各地区のリーディングが順番に選ばれるようになったが、複数のレースによるポイント制で代表の座を争うようになったのは05年から。その年は『WSJS地方競馬騎手代表選定競走』として園田競馬場で開催。そして翌06年からは、2つの競馬場を転戦する現在の『スーパージョッキーズトライアル(SJT)』となった。
WSJSに地方代表騎手として出場するには、まずは所属地区でリーディングになること、そしてSJTで優勝しなければならない。そのハードルはきわめて高いものの、WSJSに出場できる可能性が、すべての地方騎手に平等に与えられるようになったことは喜ばしい。
SJTに出場する騎手は誰もが本気だが、特に目の色を変えて臨むのは、普段は中央競馬で騎乗する機会が少ない地区の騎手たちではないだろうか。
JRA認定競走が多く行われ、JRAの特指競走に挑戦する機会が多い地区の騎手であれば、中央での騎乗機会も多く、ときには中央所属馬で重賞やGIへの騎乗機会を得られることもある。岩田康誠騎手(04年菊花賞・デルタブルース)、内田博幸騎手(07年NHKマイルカップ・ピンクカメオ)、そして戸崎圭太騎手(11年安田記念・リアルインパクト)らは、地方所属騎手として中央のGIも制している。
しかしJRA認定競走がわずかしか行われていない地区では、いかにトップジョッキーといえども、なかなか中央で騎乗する機会は得られない。そうした地区の騎手にとって、SJTで優勝し、WSJSに出場権を得ることは、中央で騎乗できるばかりでなく、世界の一流ジョッキーとも戦えるまたとないチャンスなのだ。
2007年WSJS表彰式 右から2番目が赤岡騎手
そうした地区の騎手では、07年のWSJSで高知の赤岡修次騎手が総合3位となり、「あれで騎手としての人生が変わった」とまで言うほどに、本人のみならず高知競馬にまで好影響をもたらした。昨年、地方代表となった荒尾の杉村一樹騎手は、それまで一度も経験のなかった東京競馬場の大観衆の中で騎乗するという貴重な機会を得た。そうした騎手たちにとってWSJSに出場することは、全国に自分の名をアピールするきわめて貴重なチャンスでもあるのだ。
■5度目の挑戦で地方代表の座をつかむ
WSJSに出場したいという思いを人一倍強く持っていた騎手のひとりが、07年から毎年、SJTに金沢代表として出場してきた吉原寛人騎手だ。
07年は第1ステージで13位となり、フルゲートの関係で第2ステージには進めず。08年も最下位の14位と、WSJS出場ははるか遠いものだった。
09年は第1ステージを1位で通過したものの、第2ステージの第3戦、第4戦を連勝した的場文男騎手(大井)に逆転され、総合2位と悔しい思いをした。そして昨年は、第4戦で3着に入った以外はすべて二桁着順と振るわず、総合では11位。憧れのWSJSの舞台はまたも遠いところに行ってしまった。
2011年SJT表彰式 (名古屋競馬場)
そして今年、第1ステージを6、3着の3位で通過すると、第2ステージでも5、3着と、勝ち星こそ挙げられなかったものの、全員にポイントがバラけたこともあり、下位の着順が一度もなかった吉原騎手が念願のWSJSへの切符を手にすることとなった。ところで、WSJSの地方代表に選ばれた騎手が、本番を迎えるまでの約1カ月半の心境はどういったものなのだろう。たとえばレースや調教で怪我などをしてしまえば、一生に一度あるかないかというチャンスを逃してしまうことになる。直前の騎乗停止も同じことだ。毎年、そうした状況に置かれた騎手の心境を聞いてみたいと思っているのだが、当日を迎えた本番直前にそうしたことを聞くというのもなんとなくはばかられ、かといってWSJSが終わってから聞くような話でもなく、今年もその機会を逃してしまった。
■いきなり2連勝の衝撃
パドックに掲げられた横断幕
そして迎えたWSJS当日。吉原騎手の地元金沢からは大型バス2台を仕立て、厩舎関係者やファンなど100名規模の応援隊がやってきた。こうしたことでも、WSJSの代表になることがいかに非日常なことなのかがわかる。高校野球に例えるならば、田舎の県立高校が甲子園に出場するようなものだろうか。WSJSでは、出走馬を近走の成績などからA〜Dのランクに分けて抽選が行われる。吉原騎手は、初日の第1戦がBランクの馬、第2戦にAランクの馬が当たっていた。この日に少しでも上位に入っておかなければ、目標としている表彰台はまず望めない。
オーセロワを勝利に導いた第1戦
第1戦のゴールデンサドルトロフィーで騎乗したオーセロワは単勝10.6倍の6番人気。とはいえ、1番人気の単勝が4.3倍で、単勝一桁台が5頭という混戦。よほどの人気薄以外はどの馬にもチャンスがあるように思われた。吉原騎手は大外枠から好スタートを切ると、後続を引き付けての逃げ。4コーナーから直線では、内外から後続に並びかけられたものの再び突き放し、見事に勝利で飾った。
表彰式は1レースごとに行われるが、こうした地方競馬関係者が活躍した時のファンの声援はひときわ大きい。それに輪をかけて金沢からの大応援団である。ウイナーズサークル周辺は、まるで重賞でも勝ったかのような盛り上がりとなった。
5歳のオーセロワは、これまで芝・ダートともに1200メートルまでしか経験がなく、逃げても終いの甘くなる馬。専門紙などでは今回の1400メートルは1ハロン長いのではという評価がされていた。その距離を克服したばかりか、最後に突き放したのだから、中央の記者たちも感心しきりの様子だった。
2着馬との着差は3/4馬身だったが、ガッツポーズが出る余裕の勝利。しかしゴールを前にしてのガッツポーズは、裁決委員に怒られたと苦笑いの吉原騎手だった。
第2戦のゴールデンブライドルトロフィーは、人気が予想されたレーザーバレットに騎乗。今年春にはドバイのUAEダービーに挑戦(9着)。前走1000万特別を1番人気にこたえて勝ってきた3歳の期待馬だ。メインの鳴尾記念が終わってパドックに走ると、レーザーバレットの単勝は3.0倍で1番人気。第1戦を吉原騎手が勝ったこともあってか、最終的にそのオッズは2.5倍まで下がった。
後続を突き放し1番人気に応えた
吉原騎手は、前で競り合った3頭からやや離れた5番手を追走。3〜4コーナー絶好の手ごたえで先団にとりつき、直線を向いて追い出されると、一瞬のうちに後続を置き去りにした。1番人気にふさわしい強い勝ち方で、2度目のガッツポーズは、確実にゴール板を過ぎてから見せた。「トライアル(SJT)で1勝もできなかったので、本番では絶対勝ってやろうという気持ちが強くて、馬が確定した時点で、この2戦は、ぼくがしっかり乗れば勝てるだろうと信じて乗りました。金沢代表として、中央の地に、世界の名手たちと競う舞台に来ました。明日のラスト2戦、アピールできるようにしっかり乗りますので、応援よろしくお願いします」とコメントを残して初日を終えた。
■一転、悔しい思いの後半2戦
第3戦 懸命の騎乗も結果は13着 吉原騎手は写真中央(赤帽)
2日目の第3戦はDランク、第4戦はCランクの馬だけに、いずれも専門紙にはほとんど印がついていない。しかしそうした馬でもできるだけ上位に入らなければ、総合優勝は狙えない。第3戦で騎乗したネオシーサーは、単勝80.7倍のブービー人気。後方追走まま13着という結果だったが、これは仕方ない。
最終戦を前にポイントを計算してみると、当然のことながらトップは41ポイントで吉原騎手。2位が13ポイント差でJ.ムルタ騎手。専門紙を見るとムルタ騎手にはかなり印がついていたので、勝たれてしまうともしかして逆転かという状況。しかし吉原騎手も5着で10ポイントを加えれば逃げ切りだ。
ただ本人はそうした細かいポイントまでは計算していなかっただろう。吉原騎手が騎乗したのは、単勝55.8倍、10番人気のカイシュウボナンザ。中団の外につけた吉原騎手は、4コーナーで5番手まで進出、先頭を射程にとらえる位置まで進出し、みずからの力で優勝を狙いにいった。しかし直線半ばで失速。13着に沈み、2日目は1ポイントずつしか加算することができなかった。
第4戦 ムルタ騎手が1着となりWSJS総合優勝に輝く
果たして、第4戦のハナ、クビという大接戦を制したのは、ムルタ騎手だった。総合成績では48ポイントでムルタ騎手の優勝となり、吉原騎手は42ポイントで6ポイント及ばず2位。3位は35ポイントの横山典弘騎手だった。見ている者からすれば、着を狙いに行けば、という思いはあったが、吉原騎手の「攻めていこうと思って乗りました」というのは、勝負の世界に生きる騎手なら当然のことだろう。しかし逆転2位の結果が判明すると、悔しさをあらわにしていた。
■少しでも上へという信念
表彰式 写真左が吉原騎手
そして表彰セレモニー。金沢からの大応援団は、この日が開催日のため土曜日のみで帰ってしまっていたが、2番目に高い表彰台に上がった吉原騎手への声援は、ひときわ大きいものだった。表彰セレモニーのクライマックス、シャンパンファフィトでは、その悔しさをぶつけていたのかどうか、吉原騎手が手にしたシャンパンは、ムルタ騎手のほうに向いた。しかしその後、近寄ってきた岩田康誠騎手は、吉原騎手の頭からシャンパンをドボドボとかけて手荒い祝福。「お前にはまだ早い」と言わんばかりだった。
岩田騎手からの手荒い祝福
初日の2戦が終わった時点で、吉原騎手はこんなコメントを残していた。「この歳で一気に駆け上がりたいなという気持ちはあるので、いま一番乗れているときにアピールできたことは、ほんとうにうれしく思っています」と。
吉原騎手は28歳。世界を目指す足がかりとして、若いうちに少しでも上へという思いを持っているのだろう。しかし今回は、表彰台の一番高いところへは一歩及ばなかった。そこに立ちはだかったのは、90年代以降、ヨーロッパを中心に数多くの大レースを制してきたムルタ騎手。頂点がほとんど見えたところで逆転された悔しさは、吉原騎手の今後に必ずやプラスになることだろう。
文:斎藤修
写真:いちかんぽ、NAR
写真:いちかんぽ、NAR
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