地方競馬初の国際交流競走 サンタアニタトロフィー

2011年08月08日
2011年8月3日 大井競馬場
サンタアニタトロフィー

 1986年7月31日に“トゥインクルレース”として日本で初めてのナイトレースがTCK大井競馬場で行われてから25年。そして1995年にはサンタアニタ競馬場と友好交流提携、翌96年にはそれまで関東盃として行われていたレースをサンタアニタトロフィーとして実施するようになってから今年で15年。こうした節目の年に、大井競馬では地方競馬初の国際交流レースを実施するという、また新たな歴史を刻むことになった。

 大井競馬では早くから海外に目を向けていた。1978年にはアメリカから女性騎手の草分け的存在、メアリー・ベーコン騎手を招待。翌79年には同じくアメリカから招待した歴史的名ジョッキー、スティーブ・コーゼン騎手がタガワテツオーに騎乗して青雲賞を制し、大井競馬場における外人騎手の重賞初制覇も記録した。その後もサンタアニタ競馬場との提携により、西海岸からトップジョッキーを招待してしての「日米フレンドシップジョッキー競走」など、騎手交流競走なども実施してきた。


■難しい外国からの出走馬探し

 7月31日〜8月4日の大井開催では、トゥインクルレース25周年としてさまざまなイベントが行われた。大井所属のジョッキーによる直筆サイン色紙プレゼントやチャリティーグッズの販売、リニューアルされた発走ファンファーレのお披露目、そのファンファーレをプロデュースした東京スカパラダイスオーケストラによるスタンド前でのライヴ、そしてサンタアニタ交流イベントとしてアメリカンスタイルのバーベキューや地ビールなどの販売では、かつてトゥインクルレースの名物ともなっていたビアガーデンも復活させた。
ファンファーレと共に衣装も一新 以前の赤から夏らしい白へ
東京スカパラダイスオーケストラのライヴは大いに盛り上がった

 こうした25周年イベントの目玉となったのが、サンタアニタトロフィーへの外国調教馬招待だ。今年から東京大賞典に外国馬が出走可能となり、国際GIの格付けを得ることになったが、それに先駆け、地方競馬では史上初となる外国馬との交流レースとなった。
 馬の輸送費や関係者の渡航費、宿泊費などをすべて主催者側で負担する招待競走とはいえ、遠く離れたアメリカから一流馬を呼ぶというのは決して簡単なことではない。近年、JRAのジャパンカップやジャパンカップダートに外国馬の参戦が少なくなっているのを見てもそれは明らかだ。

 そのあたりの苦労について、特別区競馬組合・競走課競走企画係長の木村洋之氏にうかがった。
 「今回のサンタアニタトロフィーには2頭の外国馬枠があって、できれば2頭呼びたかったんです。というのは、1頭でも2頭でも輸送のコスト的にはあまり変わらないからです。アメリカの馬といっても、私どもは御存知のとおりサンタアニタ競馬場と友好提携をしております。その友好交流事業の代理人をお願いしている日本人が現地におりますので、その方にお願いして、サンタアニタ競馬場を通して出走してくれる馬探しを行いました」

 そうして当初は10頭の予備登録馬が集まったという。その馬名リストも見せてもらったが、その中にはダートやオールウェザーでの重賞勝ち馬が何頭かいて、実際に7月30日のデルマー競馬場のGUを勝った馬もいた。ただやはり国外への遠征となると、検疫などを含めて長期間拘束されることが多くの陣営のネックとなったようだ。調教師は乗り気だったが、オーナーの了承を得られなかったという馬もいた。また実際に、震災による原発の影響を心配する声もあったという。

 そして最終的に出走の快諾が得られたのが、レッドアラートデイの陣営だった。
 サンタアニタトロフィーは、1着賞金が1300万円で、総賞金は2210万円。ちなみに北米の重賞では過去数年のレースレーティングを参考にグレード(格付け)が決められ、賞金との相関関係はほとんどない。それゆえかつてはかなり安い賞金のGIも存在したが、何年か前にGI格付けを得るための最低賞金額が格付け委員会より示され、現在はそれがおそらく25万ドルで、今年の北米のGIを見ても総賞金25万ドルのレースはかなりある。現在のレート(1ドル=約80円)では、25万ドルは約2000万円。サンタアニタトロフィーは、賞金の面では北米のGIレベルにあるといえる。


■地方競馬にも整った検疫体制

 地方競馬で外国馬が出走するのはこれが初めてとはいえ、その準備は何年も前から進められてきた。
 そのひとつが、栃木県那須塩原市にある地方競馬教養センター敷地内の国際検疫厩舎の建設だ。今回来日したレッドアラートデイは、2010年春に完成したその施設の利用馬第1号となった。

地方競馬教養センター国際検疫厩舎に到着した
レッドアラートデイ(7月21日)
 7月21日に日本に到着したレッドアラートデイは、そのまま地方競馬教養センターの国際検疫厩舎に移動。22〜26日の5日間、その厩舎に隔離されて検疫を受けた。隔離されているとはいえ、教養センターでは馬場入りの前後に念入りに馬場の消毒を行うことで、乗り運動や調教は可能だった。
 国際検疫厩舎を地方競馬教養センターにつくったのには、いくつかの理由がある。まずは成田空港や羽田空港から高速道路を使えばそれほど遠くないこと。外国馬を完全に隔離するための十分な土地があること。そして最大の理由は、1周1100メートルの馬場で、時間を区切って消毒を行うことで、十分な調教も行えること。
 出国検疫に比べ、外国馬や長期間外国に滞在していた馬が入国する際の検疫の基準はかなり厳しい。その基準をクリアした上で、毎日十分に調教を行える施設を用意するというのはなかなか容易なことではない。JRAの国際レースでも外国馬は競馬場に直接入厩することはできず、東は千葉県白井の競馬学校、西は兵庫県の三木ホースランドパークと、限られた施設でしか入国検疫が受けられないのはこのためだ。

 今回、レッドアラートデイのレースでの結果はともかく、万全の状態でレースに臨めたと陣営が語っていたことは、国際レースを実施するにあたり、迎える側がこうして充実した施設を用意できたことも、その要因として挙げられるのではないだろうか。
 レッドアラートデイは、検疫が明けた27日に大井競馬場に移動。大井競馬場にも、外国馬のための隔離厩舎(12馬房)が、3コーナーあたりの外側に昨年完成している。ただその隔離厩舎はやや不便な場所にあることもあり、今回は使用されることがなかった。今回の大井開催は5日間を通して中央との交流レースが組まれていなかったため、通常は中央馬や地方他地区の馬が使用する交流厩舎(2コーナーあたりの側にある)をレッドアラートデイの隔離厩舎として使用できたからだ。


■唯一、日本遠征の意思を示した陣営

 レース前日の8月2日、レッドアラートデイの馬主であるスアレスレース社代表のパブロ・スアレス氏、ダグラス・オニール調教師、エルヴィス・トルヒーヨ騎手が揃い、共同記者会見が行われた。
 まずスアレス氏は挨拶の冒頭、「女子サッカー・ワールドカップでの日本チームの優勝、おめでとうございます」と、日本への親しみを込めたコメントで笑いを誘い、招待してくれた関係者に感謝の言葉を述べた。

 実はレッドアラートデイは、予備登録の段階では別のオーナーの所有馬で、別の厩舎に在籍していた。しかしこの馬に以前から目をつけていたオニール調教師が日本のレースにエントリーしていることを知り、スアレス氏に相談した上で、7月7日のクレーミングレースに出走(1着)したところで取得したという経緯がある。ちなみにクレーミングレースとは、北米で行われている馬を売ることを目的としたレースで、普通に馬券も発売される。そうした経緯からも、調教師、オーナーともに日本遠征への意気込みが感じられた。
 オニール調教師は、これまでにジャパンカップダートを制した唯一の外国馬であるフリートストリートダンサーも管理していた。クレーミングレースで買った馬で日本へ遠征ということでは、そのフリートストリートダンサーも同じだったそうで、同じパターンで幸運があればとも話していた。
レース前日の共同記者会見にて(左からTCK塚田開催執務委員長、
オニール調教師、トルヒーヨ騎手、オーナーのスアレス氏)
 レッドアラートデイついて、日本のマスコミなどでは、アメリカでは芝の経験しかないことが指摘された。しかしデビューしたヨーロッパではオールウェザーのコースも経験しているし、日本に来てからの大井の馬場での調教の様子でも、馬場適性や初めての右回りも問題ないように感じたと、オニール調教師は話していた。


■外国馬参戦のためになすべきこと

 サンタアニタトロフィーは、従来は1600メートルのハンデ戦で行われていたが、国際レースとなった今年、条件が1800メールの別定重量戦に変更された。
 これは、内回りの1600メートルはコーナーがきつく、右回りに慣れていないアメリカの馬には厳しいだろうということが考慮されてのもの。また別定重量としたのは、外国馬にハンデをつけるのが難しいため。ちなみにレッドアラートデイの斤量は、過去のレーティングによって56キロとされた。

 レッドアラートデイは、重賞勝ちこそないものの、デビューしたイギリスでは2歳時にGTで4着、アメリカには09年に移籍し、前々走、芝2000メートルのGTでも4着という実績があった。
 迎える南関東勢も、15頭中11頭が重賞勝ち馬という豪華といえるメンバー。国際招待になったからというわけではないのだろうが、とても南関東の格付けでSVとは思えないような顔ぶれが揃った。とはいえ抜けた存在もなく、最終的に単勝1番人気となったのがマグニフィカで、なんと4.8倍。10倍以下が7頭という大混戦で、レッドアラートデイは8.4倍で7番人気だった。

 結果から言ってしまえば、レッドアラートデイは完走した15頭(1頭が競走中止)では最下位でのゴール。直線力強く抜けだしたカキツバタロイヤルがこのレース連覇を果たし、3馬身半差の2着にマズルブラスト、3着にボンネビルレコードが入り、2番手で先行したマグニフィカは10着という結果となった。
同レースを制したカキツバタロイヤル
同馬はこのレースの連覇を達成

 レッドアラートデイは、つまづくようなスタートで、直後は中団よりうしろの位置取り。トルヒーヨ騎手によると、ゲートの中で馬がソワソワする感じがあり、スタートしたあともうまく流れに乗れず、ダートもうまくハンドリングしてなかったという。
レース後肩を落とすトルヒーヨ騎手
 オニール調教師によると、レースを迎えるまでの調子は万全だったという。最大の敗因は、やはりスタートでつまづいたいたことで、アメリカではゲートの中で馬を押さえるスタッフがついているが、それがつけられなかったのも要因ではないかと語った。そのほか、装鞍してからレースに向かうまで、さらにパドックで馬を引いている時間が日本は異常に長いことなど、さまざまな環境の違いによる影響もあったようだ。

 たとえばドバイなどの大規模な国際レースでは、出走させる厩舎サイドが、自分たちの馬が最高の状態で出走できるよう可能な限りのさまざまな要求を主催者側に申し入れるようなこともめずらしくない。そしてそれを受け入れるかどうかは主催者側の判断となる。ただ主催者側も、可能な範囲ではそうした要求を受け入れるし、無理な場合は拒否もする。
 今後、地方競馬が国際レースを開催する際に、少しでも多くの外国馬に参加してもらおうと思うなら、そうした要求を可能な範囲で柔軟に受け入れていく姿勢も必要なのではないかと思う。


■国際GI、東京大賞典へ向けて

 今回サンタアニタトロフィーを国際レースとして実施したのは、冒頭にも書いたとおり、トゥインクルレース25周年記念事業の一環。それゆえ来年は、従来どおり南関東限定重賞で、条件も内回り1600メートルのハンデ戦に戻す可能性が高いとのこと。
 ただこの招待競走の実施には別の目的もあった。今年から国際GIとして行われる東京大賞典のテストケースとしての役割だ。

 国際レースを実施するにあたり、最大のネックとなるのが検疫だろう。その意味では先にも書いたとおり、外国馬を迎え入れる施設や態勢は十分に整ったといえる。あとは実際に有力外国馬がどれだけ参戦してくれるかだ。
 ちなみに東京大賞典に出走する外国馬は招待にはならず、輸送費や渡航費は馬主側の持ち出しとなる。ただし、ジャパンカップダートから続けての参戦となる場合に限り、帰国にかかる輸送費および渡航費などに関しては大井競馬側で負担するそうだ。

 また、ジャパンカップダートに予備登録した外国馬は、東京大賞典にも自動登録となる。ジャパンカップダートは、一昨年は出走した外国馬が1頭、そして昨年はゼロと、残念ながら招待レースとしては盛り上がりに欠ける近況だが、世界的に見ても高額賞金の部類に入る東京大賞典にも出走できるメリットをアピールし、国際レースとして両レースが盛り上がることを期待したい。
 
取材・文●斎藤修
写真●NAR