JBC2020

JBC2020について

JBCとは

JBC2020は史上初の2場開催

節目の第20回となる今年のJBC開催は、11月3日(祝火)に行われます。JBC創設以来の宿願であった2歳カテゴリー『JBC2歳優駿JpnⅢ』が新設され、競走馬生産との密接な関係を持つJBC競走の意義を鑑み、馬産地・北海道の門別競馬場で行われます。そして、従来のJBCクラシック、JBCスプリント、JBCレディスクラシックは、第1回の開催地でもあり、2017年以来8度目となる大井競馬場で行われ、史上初となる2場開催の形での実施となります。

ダート競馬の祭典、JBC

JBCは、ダート競走の魅力の向上を通じて、地方競馬の発展や競走馬の生産振興を図ることを目的に、平成13年(2001年)に創設されました。

今年から、JBCは新たにJBC2歳優駿JpnⅢが加わり、JBCクラシック・スプリント・レディスクラシックのJpnⅠ3競走と併せて、4つのダートグレード競走で構成されることとなります。日本国内のダート界を牽引する有力馬たちが一堂に会し、各カテゴリーのチャンピオン戦が一度にまとめて開催されることから、”ダート競馬の祭典”と位置付けられています。

JBCの意義

JBCは、本家アメリカのブリーダーズカップ(ブリーダーズカップ ワールド サラブレッド チャンピオンシップス)に範を取りながら、将来的にはダートの各カテゴリー(年齢、性別、距離など)のチャンピオン決定戦とすべく、2001年にその第一歩を踏み出しました。

これは、いわば競馬の祭典であり、スポーツとしての競馬を象徴的に表現するイベントと捉えられるものです。

そして、このJBCには、もうひとつの欠かせない視点があります。それは生産者が主導して実施する競走という視点です。これこそが、本家アメリカのブリーダーズカップ、そして日本のJBCが他の競走と一線を画す所以といえます。

競馬と生産の関係

競馬は、その主役である「馬」という存在により、単にスポーツと賭け事というくくりを超え、様々に幅広い関わりを受け入れてきました。馬と人間のパートナーシップという長い歴史背景と、馬という生き物自体が備える人間の心を捉えて離さない魅力は、競馬に特別の趣を与え、例えばそれは、競馬が美術や文学のモチーフでさえある理由のひとつとなっているかもしれません。

同時に、馬が主役であることは、競馬がその背後に生産という産業的な広がりを持っていることを意味します。この生産との密接な結びつき、これが競馬をより多面的なものとしている大きな要因でしょう。

競馬において、競走と生産は理想の競走馬の追求という目的を共有することでその関係を成立させています。競走にとっての生産はそうした馬の供給源であり、生産にとっての競走は、その追及の成果を確認する場であるとともに、さらなる理想へ向けての生産資源を選定する場となっています。そして、この共通の価値観に基づく選定、例えば「チャンピオンの決定」と表現されるでしょうか、これが両者にとって最大の支持者たる大衆に訴えかけ、その共感を得ることができる最大の魅力となっているのです。

競走と生産、そして大衆の支持の良好な関係、これが競馬の発展を生んでいると言えるでしょう。

本家ブリーダーズカップ創設

北米では1970〜1980年代にかけて、かつてないサラブレッド市場の拡大期を迎えました。生後1年数カ月の幼駒(イヤリング)にセールで 1000万ドル以上の値がついたり、数戦しただけの2歳馬に将来の繁殖馬として数千万ドル以上ものシンジケートが組まれるなど、異常に近いほどの価格の高騰が見られたのです。しかしこれは、現実の競馬を置き去りにしたもので、ある面では生産者だけのマネーゲームですらありました。いざ競馬場の状況はと言えば、入場者数や発売金額の伸び悩みに苦しみ、このブームと反比例するかのように、大衆の支持を失いつつあったのです。

未曾有の生産ブームと競馬人気の低迷、このアンバランスを放置しては、やがてはこのブームの中心にいる生産者もその繁栄を手放すときがくる、そのような危機感が生まれたのも当然のことです。競馬そのものが大衆から見放されれば、いずれ市場は崩壊し、いかなる高価な馬であっても、その必要性も失われてしまうでしょう。競走を実施する競馬場の運営は(大多数の競走の賞金を含めて)、直接、間接に興行収入、つまりファンの皆さまによる賭けとしての参加によって支えられているからです。

沈滞した競馬を救うために生産者自らが何かをしなければならない。これがブリーダーズカップ創設の原点でした。これは、ある意味では生産界が必要に迫られて行ったマーケット拡大のための利益の再投資でもあります。しかし、そのために取るべき方策が、できるだけ幅広い層に競馬の魅力をアピールし、競馬が大衆的な娯楽として、そして野球やフットボールのようなスポーツとしての支持を得るという思想に基づいたことは、沈滞した競馬を救う大きな力となりました。ブリーダーズカップの提唱者であるジョン・ゲインズは「最高のサラブレッドこそがスポーツとしての競馬が売り込める唯一のものであり、世間にアピールするにはそれしかない(S・クリスト著「ホーストレーダーズ」)」と、この思想を表現しています。

このように、生産者自らの発案、主導によるレース、これこそがブリーダーズカップの原点と言えるものです。そしてそれは、競馬のスポーツイベントという性格の象徴である「チャンピオンデー」と名づけられた1日をクライマックスとするものでした。