厩務員インタビュー

インタビュー

INTERVIEW 04

廣瀬 直樹

厩務員

地方競馬の厩務員になるには、どういった方法がありますか?

廣瀬:いろいろな方法がありますが、僕の場合は動物が好きで、動物関係の専門学校に通っていたんです。その中で特に競走馬に興味があって、最初は育成牧場に就職しました。そこで過ごしているうちに、自分で世話をした馬を直接競馬で走らせてみたいという気持ちが大きくなってきて。同じ牧場出身の先輩が大井競馬で厩務員として働いていて、「人を探しているから良かったら来ないか」と誘ってくれたんです。

他の競馬場の話では、ハローワークで募集を見て就職したという方もいるそうですが、だいたいは知り合いから声を掛けられたり、牧場で働いているところを調教師が見てスカウトしたり。競馬関係者にツテがあるという人が多いと思います。

今は全国的に厩務員不足と言われていますけれども、やってみたいのに窓口がわからない方も多いのではないでしょうか。JRAの競馬学校のようなはっきりと決まった道筋はないですが、逆にいろいろな選択肢があるんです。僕のように牧場で働いてみるというのも一つの方法。競馬関係者にツテもできるし、競走馬を扱えれば競馬場に来た時に即戦力になれますから。

ツテなどがまったくない方が、いきなり牧場に行くのもハードルが高い気がするのですが。

廣瀬:そうですよね。まずは競馬界と繋がりを持つことが重要ではないかと。各競馬場に電話していただいて、厩務員になりたいと伝えてもらえたら、誰かしらを紹介してもらえると思います。そこから自分の目で見て話を聞いてみるのがいいのではないでしょうか。電話を掛けるのは緊張するかもしれませんが、ぜひ第一歩としてチャレンジしてみて欲しいです。

馬を扱った経験がない方が、いきなり厩務員になれますか?

廣瀬:大井の場合はまったくの新規の方というのは募集していないので、牧場などの経験は必要です。もちろん競馬場によっては経験がなくても大丈夫というところもありますので、そういうことも含めて電話して聞いていただくのがいいかと思います。

牧場の募集に関しては、各牧場のHPや、競馬雑誌などにも掲載されていることがありますので、ご覧になってみてください。

初めて厩務員としてレースに臨んだ時は、どんなお気持ちでしたか?

廣瀬:初めてパドックで馬を曳いた時は、ものすごく得意満面な感じでした(笑)。「どうだ!これが俺の馬だ!」っていう感じで。お客さんの前で自分の馬を曳くというのは、最高の気分です。レースは全然ダメだったんですけどね(苦笑)。

レースに挑む気持ちというのは今でも変わらないですけど、期待と不安と半々、何より無事にゴールして僕のところに帰って来てくれることが一番です。もちろん勝てたら嬉しいですけど、やるだけのことをやっていれば、結果は後からついてくると思うし、結果が付いてこないのであれば、自分に何が足りないんだろうと考えます。

馬ではなく、自分に足りなかったものですか?

廣瀬:そうです。基本的な能力は持って生まれたものですが、競走馬にとって厩務員が一番長く接している人間ですから、担当者によって変わる部分もあると思うんです。馬は大人しい草食動物ですから、悪いことをしたり反抗したりするなら、人間のやり方が悪いんだって、自分にも言い聞かせていますし、周りにもよく言うんです。

競走馬を扱うというのは面白くもありますが、難しい部分も多いですよね。

廣瀬:確実な正解があるわけではないので。厩務員になって30年ですけど、未だに試行錯誤の繰り返しです。子供が一人一人性格が違うように、馬も1頭1頭性格が違うので、この馬はこれで上手くいったけれども、次の馬も同じやり方で上手くいくとは限らない。経験を積んで引き出しを増やしていくわけですが、どのやり方が正解なのか、もっといいやり方があるのではないかと考えますね。

厩務員として一番やりがいを感じるのはどんな時ですか?

廣瀬:おそらく一番多い答えは『レースで勝った時』という意見だと思うけれど、自分の場合は馬が応えてくれた時です。馬の世話をしていると、自分の思い込みかもしれないけれど、心が通じ合う瞬間というのがあって。例えば、転厩して来た馬で、これまでは装蹄師を見るだけで怖がってなかなか装蹄をさせなかったという馬が、僕がそばにいることで安心して、装蹄ができるようになったとか。他にも何かが苦手とか、やらせないよ、という癖があった馬が、自分が担当になって矯正した時、やっていて良かったなと思います。

辞めたくなったことはないですか?

廣瀬:馬がレース中に故障して命を落とした時ですね。これまで2度経験がありますが、ものすごく落ち込みました。正直今も忘れられないし、引きずっている部分はありますが、他の担当馬もいるので。馬にも気持ちは通じると思っているので、他の馬の前では落ち込まないようにしています。

廣瀬さんにとって、馬はどんな存在ですか?

廣瀬:自分の子供みたいなものですね。手が掛かる子ほど可愛いです(笑)。例えば普段やんちゃな馬でも、僕が風邪を引いてちょっと体調が良くないな、という時に、いつもより大人しく歩いてくれたりするんです。「こいつ、気を使ってくれてるな」って。馬がどう思っているかはわからないですけど、気持ちは繋がっていると思っています。

廣瀬さんは現在3頭持ち(担当)ということですが、1日の仕事の流れを教えてください。

廣瀬:競馬場によって、また厩舎によってまちまちですが、僕の場合は午前1時起床で1時半から仕事が始まります。馬房の掃除、馬のチェック、準備運動、騎手が乗って調教、上がり運動、手入れ、カイバ(競走馬の食料のこと)、寝藁を敷いて1頭が終了です。1頭2時間半ペースでやっているので、だいたい朝の仕事は7時間半くらいですね。

昼に水桶の水を替えて、馬に異常がないかチェック、休憩して1時から3時半くらいまで午後の作業です。最後に午後6時くらいに(厩舎の厩務員の中で)当番の人が水を取り替えて、馬のチェックをして一日の作業が終了します。

午前1時起床というのは相当早いですね。昔から早起きは得意でしたか?

廣瀬:まったく苦手でした(笑)。子供の頃草野球をやってましたけど、朝の練習にはしょっちゅう寝坊していましたから。でも仕事だと思うと起きられるというか、自分が行かないと馬に迷惑が掛かりますからね。毎日毎日同じリズムで繰り返してあげることが、馬にとっていい環境だと思います。

その分夜は、8時、9時には寝ています。自分はプロレス好きなのでたまに見に行くと遅くなりますが、それ以外は自然と眠くなって寝ていますね。

お休みというのはどのくらいありますか?

廣瀬:大井開催のない時期で、年間を通して休みの日程が決まります。年間50日、午後作業のない半休は20日です。ただ、休みの日にも馬のカイバや水を替える必要がありますので、厩舎の中で当番の人が担当します。うちの厩舎は厩務員が7人いますから、休みの中でも7回に1回は当番が回ってくる形です。それに、担当馬の具合が悪かったり、他の競馬場へ遠征に行く時は休みがなくなる場合もあります。上のクラスの馬ほど遠征に行く機会が増えますから、活躍馬を担当すると休みも減ることにはなりますね。

収入はどんな形ですか?

廣瀬:担当馬ごとに違ってくるのは、出走手当、上位入着した時の賞金の5%など、レースに出走して得られる部分です。調教師からいただく給料は、大井の場合は2頭持ちで基本給、そこから1頭増えるとプラスαという形。この辺りは競馬場によって違うと思います。

定年はありますか?

廣瀬:大井の場合は65歳が定年ということになっていますが、以後も働けるようにしようという意見が出ていますし、他の競馬場は特にないのではないでしょうか。

厩務員になりたいという方に関しては、大井は新規だと35歳までとなっていますが、牧場などで経験があればいくつになっても大丈夫です。他の競馬場では50歳で厩務員になった人もいると聞いていますし、80歳を過ぎても現役でやっている人もいるそうですから。

海外の競馬は女性の厩務員が多いイメージですが、日本はなかなか増えてきませんね。

廣瀬:そこは大きな課題です。現在大井にも何人か女性厩務員がいるのですが、去年か一昨年、初めて厩務員の女性が出産したんです。まだ産休育休制度が整っていないので、なんとか改善したいと考えているところです。

では、最後にこれから地方競馬の道に進もうとしている方にメッセージをお願いします。

廣瀬:厩務員は縁の下の力持ちのような存在で、馬の一番近くにいられて、一番長く接する存在です。自分の頑張り次第で馬が成長していく姿も見られるし、とてもやりがいがありますので、興味のある方はぜひ第一歩を踏み出してみてください。

インタビュアー:赤見千尋

廣瀬 直樹

廣瀬 直樹

  • 全国公営競馬厩務員連合会 会長
  • 大井競馬場厩務員労働組合 執行委員長
  • 1964年11月22日生まれ
  • 1989年大井競馬場厩務員となる
  • 平成17年度優良表彰者
  • NARグランプリ2018・2歳最優秀牝馬に選出されたアークヴィグラスなどを担当

※データは2019年12月2日現在