2011年3月21日(祝月) 名古屋競馬場 1900m
手探り状態での出走も
王者の貫録で完勝
3月11日に発生した大地震のあと、初めてのダートグレード競走となった名古屋大賞典JpnIIIは、2008年以来3年ぶりとなる春分の日の実施。本来なら書き入れ時となる日程なのだが、地震の影響は名古屋大賞典にとっても大きかった。通常より場外発売箇所が減っている上に、JRAの代替開催がこの日に実施されたことで、強力な競合相手が出現することにもなった。さらに当日は朝から雨模様……。
泣きっ面に蜂とはこのことか、と案じながら競馬場に到着してみれば、あにはからんや、午前中から場内はかなりの賑わい。1コーナー寄りのスタンド内が改修工事のために閉鎖されている影響もあるが、それを差し引いてもレースごとに作られる発売機や窓口の前の列は長かった。そのなかには、若い女性の姿も多数。祝日開催というのも大きいのだろうが、GI(JpnI)5勝のエスポワールシチーの存在が、それ以上に大きいようだった。
ついには陽射しも注ぐようになった午後3時15分。パドックの掲示板に、エスポワールシチーの馬体重が494sと発表された。2走前のマイルチャンピオンシップ南部杯JpnIと比べるとマイナス17キロだが、3走前のかしわ記念JpnIと比べればマイナス2キロ。幾重もの人垣の前に姿を現したその体は、しっかり引き締まっているという印象があった。毛艶は輝くほどではなかったが、それでも不調が伝えられた昨年のかしわ記念のときよりは良く見える。残る心配は、初めてとなる59キロの斤量と、休養明けで中身が伴っているのかどうか。そのあたりの不安が、ワンダーアキュートの人気(2番人気=4.2倍)を押し上げたのかもしれない。
しかし、エスポワールシチーは強かった。
1周目のゴール前で行きたがるそぶりを見せたところで、佐藤哲三騎手は無理に抑えず先頭に立たせるという展開に。2周目の3コーナーでワンダーアキュートが仕掛けてきたときには場内からどよめきが上がったが、王者はその悲鳴を一瞬で静めてみせた。最後の直線では左ムチ3発だけで勝利を確定。そんな圧倒的な結果でも、喜びと安堵に包まれる観客とは対照的に、佐藤騎手からは緊張感のある表情がなかなか消えていかなかった。
そしてようやく、最終レース終了後に行われた名古屋競馬所属騎手たちとの義捐金募金活動に参加するため競馬場正門に足を運ぶときに、「本当にホッとしました」と、ひとこと。ファンの期待を考えれば負けるわけにはいかない状況と、絶好調時には遠く及ばない馬の状態との乖離が、佐藤騎手のなかでは大きかったのだろう。
佐藤哲三騎手
状態面としてはまだまだ。正直、今日は自信がありませんでした。久しぶりの実戦で力を出せるのかという不安、そして何もかも普段どおりにいかなかったアメリカでの記憶が馬によみがえらないかということも不安でした。今日も好調のときとは違う仕草をしていましたし、気持ちが入りすぎという感じもします。走るフォームもまだ小さいですし。そのあたりを修正しながら、厩舎のみなさんと一丸になってエスポワールシチーをもっといい馬にできるように頑張るつもりです。
安達昭夫調教師
昨年のかしわ記念と同じくらいの体重になりましたが、これで大丈夫なのかどうか、手探りの状態。太めで出走させた昨年の南部杯より、今日のほうが心配でした。2周目の3コーナーで後続が差を詰めてきたときは冷や汗が出ましたね。ほかの馬とは順調度がまるで違うわけですから……。でも勝つことができましたし、また改めてチャレンジしていければと思っています。
それでも実力上位を証明して、安達昭夫調教師からは「順調なら次走はかしわ記念の予定」と、再び大舞台への道が示された。エスポワールシチーが海外にチャレンジしている間に、国内のダート界の勢力図は変化をとげた。そのなかでもう一度輝くことができるのか。今後のダートグレードレースのトップ戦線が、一気に面白くなってきた。
取材・文:浅野靖典
写真:NAR、三戸森弘康(いちかんぽ)
写真:NAR、三戸森弘康(いちかんぽ)