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イグナイター世界への挑戦


クローズアップ

2024.04.02 (火)

兵庫から初の海外遠征
 世界を相手に健闘の5着

憧れの舞台、ドバイへ

早くから海外遠征の期待をかけていたイグナイターは、3歳時に出走した兵庫ゴールドトロフィーJpnIIIで3着に好走し、4歳となった年明け(2022年)サウジアラビアのリヤドダートスプリントGIIIに申し込んだものの補欠から繰り上がれず。しかしその3月には高知・黒船賞JpnIIIでダートグレード初制覇を果たし、さらに名古屋・かきつばた記念JpnIIIも連勝となって能力の高さを示した。

2023年にはリヤドダートスリントGIIIで補欠から繰り上がって招待の知らせはあったものの、海外遠征の準備が間に合う時期ではなかった。また秋には韓国のコリアスプリントGIIIにも申し込んだが、よりレーティングの高い馬が多数いて出走には至らず。

ただ馬主の野田善己氏が本当に目指すところはドバイだった。

「海外の競馬に憧れはありますけど、ドバイは別格ですね。ただ、遊びに行くのではなく、馬主をやっているからには馬主として招待されて行きたいという目標、夢がありました」

その夢が現実のものとなったのが、イグナイターが6歳になった2024年。

「私は地方とか中央とか区別するのは好きではないですが、地方所属の馬でドバイに来られるとは夢にも思ってなかったです」

前年にはJBCスプリントJpnIを勝っていたこともあり、当然リヤドダートスプリントGIIIの招待も受けていた。

「サウジからドバイへ転戦というのは理想ですが、初めての海外遠征でそれができるかどうかわからなかったし、サウジよりドバイに出たいということもありました。サウジはギリギリまで悩んだんですが、JRAのGIも目標ではあるのでフェブラリーステークスに挑戦することになりました。そしてフェブラリーステークスのゴール直後ですね、ドバイに行くぞ!と決めて新子先生にすぐに話しました。11着でしたが、あの前半のハイペースに楽について行けるのを見て手応えをつかんで、すでに招待も来ていたのでドバイには絶対行きたいと思いました」

JRAの施設での検疫を行う

地方馬による海外遠征は、2005年のドバイワールドカップGIに出走したアジュディミツオー(船橋、6着)が初めて。翌06年にはコスモバルク(北海道)がシンガポール航空国際カップを制し、地方馬による初の海外GI制覇を果たした。地方馬のドバイ遠征では20年にモジアナフレイバーがゴドルフィンマイルGIIに挑戦すべくドバイに渡ったが、新型コロナウイルス蔓延によって開催自体が中止になった。イグナイターのドバイゴールデンシャヒーンGI挑戦は、アジュディミツオー以来19年ぶりの地方馬によるドバイ国際競走出走となった。

とはいえこれまで地方馬による海外遠征は、南関東か北海道の所属馬に限られていた。西日本から地方馬が海外に遠征するのは初めてのこと。懸念された出国検疫については、栗東の検疫施設の使用が許可された。

新子雅司調教師は10日ほど前に現地入りし、レース3日前の追い切りで笹川翼騎手が乗った以外は毎日自身で調教に乗った。

「初日は調教が終わったあとにけっこうイレ込んでいましたけど、調教から馬房へ帰る途中でドウデュースがイグナイターのそばまで来て、並んで歩いてくれて、それで落ち着きました」と、新子調教師。今回、地方馬の遠征はイグナイター1頭だが、栗東で出国検疫ができたこと、輸送も現地でも近くに中央の馬たちがいたことでは、初の海外遠征という不安は多少なりとも軽減されたようだ。

明暗を分けた枠順とスタート

イグナイターは1番枠。「勝つならこの枠じゃないか」と笹川翼騎手も新子調教師も話していたが、短距離戦の最内枠は早めにスタートを切って取りたい位置につけられればいいが、出られなければ包まれてしまうというリスクも大きい。

果たしてイグナイターは、出遅れというほどではないものの、隣(2番枠)のタズ(UAE)のスタートが速く、すぐに前に入られてしまった。さらにダッシュが速かった3番枠のドンフランキー(JRA)がハナを切ると、イグナイターは徐々に位置取りを下げて中団からの追走となった。

直線を向いてもドンフランキーが先頭だったが、2番手の内を追走していたタズが直線そのまま内から突き抜けた。ドンフランキーも粘ったとはいえ6馬身半差をつけられての2着。イグナイターは残り200メートルを切って外に持ち出されると伸びを見せた。一旦は3番手。さらに前をとらえようかという勢いもあったが、外から伸びたナカトミ(USA)、リメイク(JRA)に交わされて5着。勝ち馬とは1秒57差、着差にして9馬身3/4差でのゴールとなった。

近い枠に速い馬がいたことで、枠順以上にスタートが明暗を分けた。

笹川騎手は、「1番枠で最初のほうに(ゲートに)入れられたのでかなり待たされて、最初は少しうるさかったんですけど、落ち着きを取り戻してからは逆に落ち着きすぎたというか、ゲートの中にいるのが長ったので、出遅れてはないんですが、いつもだったらもっと速かったと思います。ペースはちょっと速かったです。最初は追走に苦労しましたし、ほんとにスピード比べだなと思いました。うまく外に出すタイミングがなくて強引な出し方になってしまい、結果的に判断ミスだったかなというのはあります。それが反省点です」

たしかに直線で外に持ち出したところでは、外にいる馬たちの何頭かが玉突き状に外に追いやられるような場面があった。その際、イグナイターは他馬と接触して外傷を負っている。

「(ゴールして)とにかく悔しかった、今までで一番悔しかった。この悔しさは一生忘れないですし、またがんばっていこうと思います。イグナイターというすばらしい馬に乗せてもらって光栄ですし、ただ世界レベルでいえば、ぼくの技術をもっと上げていれば、違う結果もあったんじゃないかと思うと、今後の糧にするしかないです」。笹川騎手にとっては、反省も収穫も多いドバイ挑戦だったようだ。

世界の5着は感謝と悔しさと

レースは、馬主、調教師、ほか関係者が一緒にラチ沿いで見守った。直線、外に持ち出したあたりで「ツバサ!ツバサ!」という何人もの叫びが聞こえてきた。しかし新子調教師は、「冷静に見ていました。前の馬が強かったので」。そしてレースを終え、「怪我は軽症でした。いろいろあっての5着ですけど、世界に通用する仕上げはできたかなと思います。もっと強い馬を連れてきて、どうしても勝ちたくなりました」と振り返った。

野田オーナーは、レースを終えて笹川騎手が下馬したところで「世界の5着!」と、イグナイターと笹川騎手をねぎらった。「兵庫から出てきてどこまでやれるかと思っていましたが、世界の5着でイグナイターには感謝しかないです。胸を張って帰りたいと思います。それでも悔しいですよ。相手が世界だろうが、負けたのは悔しいですけど、すごい馬だなとも思います」という複雑な心境で、感極まったような様子が印象的だった。

「怪我をしていたので帰国してからの状態次第ですけど、さきたま杯へ向かいたいと思っています」と野田オーナー。昨年はJpnIIのさきたま杯を制したが、今年はJpnIに昇格したことで、連覇とともに2年連続でのJpnI制覇の期待がかかる。一方、新子調教師は「JBC(スプリント)連覇が今年の最大の目標です」と力強く語った。

野田オーナーはイグナイターで再度の海外挑戦も可能性として考えにあり、また“チーム・イグナイター”として別の馬で海外への挑戦という思いも膨らんだようだ。

斎藤修

写真森内智也