web furlong ウエブハロン

地方競馬のオンライン情報誌ウェブハロンPresented by National Association of Racing

Copyright(C) 1998-NAR.All Rights Reserved.


これからはじまる名古屋競馬の第二章


クローズアップ

2022.04.27 (水)

 

「移転したら、行きづらくなるね」

3月、土古(旧名古屋競馬場)の最終開催の時から、お客様方の間ではそんな声がいくつも聞こえてきていた。名古屋の都心から離れた弥富の地に、新たに出来る名古屋競馬場に、果たしてどれだけの来場があるのか。関係者の皆さん方も気を揉み、その場所に通い続けてきた私たちも一抹の不安を心に抱きながら迎えた、新生・名古屋競馬場の、はじまり。

迎えた4月8日。そんな不安は全くの杞憂に終わった。新競馬場には、朝から多くの人々が詰めかけた。10時に設定された開門時刻の30分前には、新しく建てられた入場門の前に数百メートルにも及ぶ列が出来、その人数はざっと数えて5~600人。開門とともにそれらの人々は場内に吸い込まれていき、あっという間にスタンド内と、コース脇の観戦エリアを埋め尽くした。

コロナ禍前のJRAのGIレース当日を彷彿とさせるほどの熱気に場内全体が包まれた中、開催執務委員長の開催宣言に続いて、待望の新競馬場最初のレースがスタート。『新競馬場オープニング記念』とタイトルがついたそのレースは、丸野勝虎騎手騎乗のローザキアーロが勝利し、管理する角田輝也調教師も破顔一笑。「名古屋競馬場の『第二章』の始まり。いいスタートが切れて良かった」と力を込めて語った。

有料席は連日盛況

ご存じのように、名古屋競馬所属馬の調教施設であった弥富トレーニングセンターを改修し、レース場として転用したこの新競馬場には、開催を行うための様々な施設設備が新設された。その最たるものが、観覧スタンド。地上3階建て、建築面積2700平方メートル、延べ床面積5400平方メートルという建物は、とてもコンパクトな“今風の公営競技場”の造り。デザイン的にもスタイリッシュで清潔感に溢れ、館内動線もシンプルで滞在を楽しみやすい場所に仕上がった。

1階が一般席エリア、2階がトータル262名収容の有料席エリアと分けられており、2階の有料席では1000円で入れる自由席の他、モニターつきでゴール板前の攻防が楽しめるエクセレントシートやペアシート、個室に革張り座席でゴージャスに競馬を楽しめるボックスシートや特別ルームなど、幅広い観戦の楽しみ方を提供している。エクセレントシートなど一部の価格帯の席種は連日、大部分が埋まる盛況ぶり。各指定席は名古屋競馬オフィシャルHPから事前予約が出来るので、良い席を確保して快適に競馬を楽しみたい方は是非そちらを利用して欲しい。

スタンド内から見られる馬場入場

パドックは、スタンド裏に隣接。晴れた日は明るい日差しを浴びる馬たちの姿をしっかりと見ることが出来、雨降りであっても屋根の下でじっくりと馬の姿を見定めることが出来る。そして、地方競馬の競馬場では初めての設置となるホースビューコリドーでは、パドックからスタンドをくぐるように抜けて本馬場へと向かう馬と騎手の様子を、ガラス越しではあるが間近に見ることが出来る。騎手も「視線は、感じますよ」(宮下瞳騎手)と話しているように、ホースビューコリドーからの熱い視線と声援が、レースでの人馬の奮闘をきっと後押しすることだろう。

スタンドから外に出ると、そこはまるで公園のように広々とした芝生広場。通常時には陽の光を浴びながらのんびりと時を過ごすことも出来るし、大レースの開催日にはその広場にキッチンカーやイベントスペースなどが設置されて、場内を盛り上げる。芝生広場の一角には、土古の競馬場の時代からの密かな人気者、ヤギのチップとポテトの新しい立派なお家もしつらえられ、彼らも新競馬場にお引っ越ししてきた。土古の競馬場ではいつものんびり“塩対応”な感じの彼らだったが、新しい住まいでは気分も大分違うのか、家族連れや女性客が構いに来る度に柵にしがみつくような格好を見せ、愛想を振りまいてくれる。いつ見ても癒やされる彼らの姿は、私のように時に馬券勝負に疲れてしまう馬券オヤジにとっても、一服の清涼剤。老若男女問わず、レースの合間に是非訪れて欲しいスポットだ。

もうひとつ。土古からお引っ越ししてきたものがある。それは、競馬場公認の予想業者。いわゆる“場立ち予想”の方々だ。その中のひとり。土古の時代からこの道50年以上のキャリアを持つという、屋号『サブイチ』の鈴木さんは、新競馬場オープン初日にも場立ち台に立ち、予想を売っていた。

「やはり今日は、土古の時とは来ているお客さんの顔ぶれが違いますね。もうずっとこの仕事をやってきたし、これしかないから。身体が続くまでやっていきたいですよ」

名古屋競馬場“第二章”の風景は、こんな形で時の流れそのままに引き継がれ、更に紡ぎ出されていくのだ。

残念ながら、お引っ越し出来なかったものもある。その最たるものは、土古で長らく営業してきた飲食店だ。新競馬場のスタンドはそのコンパクトさ故に、飲食施設には若干乏しい。レストランとコンビニが1軒ずつスタンド内にあり、大きなレースの時にはキッチンカーも数多く出ると思われるが、心配な方は例えばお弁当持参で競馬場を訪れるのも、ちょっとしたピクニック気分を味わえるだろう。

広々と直線が長くなったコース

さて、馬券を買ってレースを楽しむ時に最も気になるのが、コース、そして馬場だ。

土古の競馬場と比べ、1周距離は1100メートルから1180メートルに延び、幅員は23メートルから30メートルに広がったコースは、見た目全体的にサイズアップし広々とした印象。ゴールまでの直線距離は240メートルと50メートル近く長くなり、これが西日本の地方競馬場最長となった。

コース形態の変化に関して騎手の感触を聞くと、「直線が長い分前も止まるし、差しも効く」との声が聞かれた。また調教師からは「これまでよりも『もう一踏ん張り』が効くような馬作りを、考えてやっていかなければならない」の声も聞かれた。また、3~4コーナーにはスパイラルカーブが採用されているが、これがむしろ勝負所の4コーナーでの“膨れ”に繋がる傾向があり、「位置取りと追い上げ方には注意を払わないと、距離を損して差し届かない」との調教師の声も聞かれた。

問題は、馬場の状態。こればかりは、これまで調教馬場として使ってきたトラックを、一夜のうちに競走に適した馬場に作り替えるとまではさすがにいかない。開催が始まってから、競馬場の馬場管理の担当者の皆さん方が日夜研究に打ち込んでおり、それを馬場の管理に反映させることにより、馬場の状態はここまでの開催でおよそ“日ごとに異なる”状況になっている。

開催初日の4月8日に、内側の馬場が重くて各馬が大きく内を空けて走っていた状況は、週末を挟んだ次の開催日には解消された。馬が日常的に走ることのないスタート部分の砂がこなれず、滑って出遅れる馬が何頭か出た状況も、すぐに対処され解消された。あとは、可能な限り“フェアーな競馬”が出来る馬場状態をどのようにして実現できるか。このことは、時間をかけながら完成形に近づいていくことになるのだろう。

レースを走る人馬にとっては、枠番の有利不利こそあれ、馬場の条件は誰にとっても同じ。最終的には、その馬場の状況を読み切り、上手に立ち回りながら走れる人馬が勝利を得ることになるはずだ。そう考えると、4月8日の開幕初日の東海桜花賞、そして4月21日の東海クイーンカップと、全く馬場の状況の違う2開催日に、たった1鞍ずつの騎乗でいずれも見事勝利を掴んだ金沢の吉原寛人騎手のプレー振りは、驚嘆に値するものと言えるだろう。

馬券を買って楽しむお客様方には、開催毎に馬場の傾向にも注意を払って、枠番や脚質との兼ね合いで推理を展開していくことをおすすめしたい。

もう一つ、予想の上での重要なファクターが変更となった。それは、馬の輸送だ。

土古の競馬場の時代には、出走する競走馬は弥富のトレーニングセンターからおよそ30分、馬運車に積まれてレース当日に競馬場へと輸送されていた。今回、トレーニングセンターそのものが競馬場になったことで、当然この輸送がなくなる。

これまで輸送が原因で力を発揮できなかった馬たちとか、他場で輸送を苦にしていた転入馬が、レース当日の輸送がなくなりガラリ一変のケースは十分ありうる。また逆に、輸送によりレースに向けての“スイッチ”が入っていた馬もおり、そうした馬は仕上げに気をつける必要がある、との調教師の声もあった。予想の上では、是非気に留めておきたいファクターと言えるだろう。

近鉄蟹江駅から無料バスがおすすめ

新競馬場へのアクセスについて。無料バスは、場外発売所『サンアール名古屋』と名称を変えた土古の旧競馬場と、名古屋駅に隣接する名鉄バスセンター、更には、競馬場のある弥富市に隣町した蟹江町にある近鉄蟹江駅の計3カ所から出ている。安心感から、名古屋駅発のバスを利用したいという向きが多いようだが、私が断然おすすめするのは、近鉄蟹江駅からの無料バスの利用だ。

蟹江の町は、遠来の方々には馴染みのない場所かも知れないが、名古屋市と競馬場のある弥富市の間にある町で、近鉄名古屋駅から僅か10分。競馬場行きのバス停も駅の目の前のロータリーにありとてもわかりやすい。近鉄蟹江駅は小さな駅だが、構内にコンビニもあり、競馬場に行く前の買い物にも事欠かない。更にいいのが、駅の目の前に大きな居酒屋が1軒、駅から徒歩3分以内には、うまい食事やお酒を出してくれそうな雰囲気のある小さな料理屋が五指に余るほどあり、競馬場帰りのいわゆる“アフター”の楽しみも満喫できそう。名古屋駅界隈の有名店での食事も勿論悪くないが、例えば旅打ちの帰りにそうした“地元感”溢れるお店で、仲間とともに1日を振り返りながらの競馬談義、馬券談義を肴に一杯、というのもきっと、競馬場を訪れたことのかけがえのない思い出になるはずだ。

なお、新競馬場には2000台分にも及ぶ広大な駐車スペースがあるので、自家用車やレンタカーでも安心して来場して頂きたい。

名古屋で初のナイター開催

4月25日の月曜日は、もうひとつの“あたらしいはじまり”の日になった。名古屋競馬初のナイターレースの開催だ。

陽が徐々に落ちてくる夕方。4コーナーの方向にある倉庫の向こうの空がほんのりと朱に染まりながら、辺りは徐々に暗くなっていく。陽が完全に落ちると、パドックやコースでは、照明に照らされた馬の姿がくっきりとしたコントラストをもって、私たちの目に飛び込んでくる。この日は日中の最高気温が27度にも達する暑い1日だったが、陽が落ち切ると空気には微かに冷たさも覚え、競馬観戦には格好の心地よさ。開催初日に勝るとも劣らぬ数のお客様方が見つめる中で行われた、ナイター初のメインレース・ダイヤモンドオープンは、クインザヒーローとベテラン・戸部尚実騎手が勝利。戸部騎手は「嬉しい。一生心に残りそうな感じ」と話し、表情をほころばせた。

なお、ナイター開催は11月~3月の冬季を中心に今年度は26日間が予定されている。

名古屋競馬場が刻む競馬の歴史は、いま“第二章”に入ったばかりだ。時の流れは、競馬場関係者と、そしてこの場所を訪れ競馬を楽しむ人々とによって、これからずっと紡がれていく。是非皆様も新生・名古屋競馬場を訪れ、競馬の一つの歴史を目にし、感じ、そしてその経験と思い出を皆様方自身の競馬を巡る時の流れの中に刻んで頂きたい。

取材・文 坂田博昭

写真 いちかんぽ(早川範雄、築田純)、NAR